プロフィール

国民民主党東京都連 政策委員 興津秀憲(おきつひでのり)

私の決意

私が政治についての思いを初心に戻って考えました。

その時は青年会議所で活動していた時であったのですが、メンバーに国分寺市議の方がいらっしゃいました。

その彼と話していた時に市政についていろいろな疑問があり、時には語気を荒げながら議論をしていた時に気が付いたのです。

「自分は政治に無頓着であった」と。

投票権を得てから各種選挙を一度も投票を棄権はしませんでした。しかし、どこか他人任せであったのです。

もう他人任せにしていられない。政治をあきらめてはいけない。政治は人の暮らしを公平にすこやかにするものだ。

今、世の中はコロナ禍で大変な状況になっています。どなたも大変な状況でありますけれど、特に所得の低下等により大変なおもいをされている方がいらっしゃいます。

あるいは、ご自身で命を絶ってしまわれる方のニュースが絶えない状況です。

今の状況は現政策の犠牲になってしまっていると言っても過言ではないかもしれません。

例えば失業率が上がっていない。これは現政策の帰結だとおっしゃる方もいらっしゃいます。

でもね、時短要請もあり、シフトが減らされるなど、受け取り給与が激減している方が多くいらっしゃいます。

今仕事を辞めて転職しようにも転職は容易ではありません。

そのような方々は、失業率に含まれてはいないのです。

アルバイト・パート・派遣・臨時雇用・形態はいろいろありますが、このような方々に大きな影が落ちているのです。

国立市・国分寺市の問題も、ここで約50年にわたり生活してきたからこそ解ります。

特に、都議4年間には、両市長室を何度となく市長室を訪問させていただき討議を重ねて参りました。

市議会議員10年都議4年の経験を活かして、国立・国分寺市長とも未だにホットラインをもっています。

東京都の持つパワーは大です。都政と市政を結び付けわが町(国立市・国分寺市)での生活を改善していかねばなりません。 私たちの生活を取り戻さなければなりません。それは今です。

略歴

日本大学鶴ヶ丘高・日本大学経済学部卒
株式会社イトーヨーカドー入社。その後家業継承。

1998年
株式会社フレーバーライフ社創業

1999年
国分寺市議会議員初当選。以後3期連続当選

2009年
東京都議会議員初当選
経済・港湾委員会。都市整備委員会。
公営企業決算特別委員会副委員長。

地域活動等

国分寺ローターアクトクラブ(OB)国分寺青年会議所(OB)
国分寺市交響吹奏楽団現会員。国分寺フィルハーモニー管弦楽団創立時会員。
日本大学経済学部校友会副会長。

国民民主党東京都連 政策委員 興津秀憲(おきつひでのり)公式ウェブサイト
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